むやもとみさしの多芸ブログ

整備のことやら読書のことやら高知県の魅力やらを紹介します。

2017年01月

スネークカメラを現場で使おうと、Xperia SO-01Cという古いスマホを用意しました。

まずはアンドロイドをバージョンアップ。

元は2.3ですので、このサイトを参考に、とりあえず4.0.3にバージョンアップ。

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これ以降はこの機種ではロックを解除しないといけないらしい。

カメラ付属のアプリが4.1以降でないと動かないとのことなので、こちらのサイトを参考にブートローダーのアンロックに挑戦。

ですが、5ドルで買ったX Unlock Tool が止まる。

無題


↑ここで止まる。

というか、PCとSO-01CのUSBのリンクができてないみたい。

そこで、ここを参考にドライバーを削除してみたけど、無駄でした。

5ドルをドブに捨てたのか・・・

今度はこっちの方法を試みるか・・・

などと考えつつ一日時間を費やしました。

解決するのか不安です・・・










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問題がある事はしんどいことなんですが、逆に問題が全く無くなったらどうなのか?

乗り越えるべき課題が無くなるといったほうがいいかな?

これがまた大変に恐ろしい。

そうなったら、生きていく意味を見いだせなくなるのではないか?

言わば、

「やり残したことは何もない」

って状況で、人は生きていけるのか?

恐ろしいですね。

すべてが揃った状況を求めつつも、同時に、それを達成した瞬間に目標を失ってしまう。

人は何かに向かっていくときに一番生きがいを感じるようで、動きを止めたら生きがいもなくしてしまう。

ぬるま湯の恐ろしさを感じます。

そうした事実を考えれば、満たされていない状態、問題のある状態には意味があるのだろうと思います。

そこから抜け出す努力をする限りは喜びを感じることができるのですから。

度を越した問題は嫌ですけどね・・・・


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まともに考えすぎると、妄想が湧いてきて不安になります。

ありもしないものを想像して対処しようとするあまり無駄な準備をする。

予防線を張る。

その殆どが無駄に終わります。

スキルにはなりますけど。

誰かの言動なんて、言外の意味など殆ど無いし、そのときの気分でその場の状況に合わせてただ反応しただけって事が殆どです。

その証拠に、過去の自分の言動の意図など殆ど覚えていないではありませんか。

家族関係も仕事も多分根は同じなんだろうと思いますが、

あの時あの人はああ言ってたけど、それにはどういう意味があったんだろう?

とか考え出すと、

もしかしていじめ?

自分は嫌われてるんじゃないんだろうか?

なんて被害妄想に陥る。

またそれをどうにかしようとして追いかけて、本当に嫌われる。

機械が壊れてるんじゃないかって不安になって、開けてみたら壊れてなかったけど、開けるときに壊してしまう。

なんて事もあります。

本当に問題があっても、そのままにしてたら直ることもある。

その時問題であっても、時間が経てば大抵はどうでも良くなったりします。

ではなぜ追いかけて要らんことをしてしまうのか?

それは、それをなんとかしたいという妄想、悪く言えば”欲”なんじゃないかと思うのですが・・・

その辺りの感情を無くせば、じっくり待つこともできるんだろうと思います。

いい加減じゃなくて、ええ加減っていうのがベストかな。






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昔、必ず、

「でも〜だよ」

って言うやつがいた。

どんないいことがあっても、

いい方法を見つけても、

必ず欠点を見つけて切り返す。

何がそんなに気にいらないのか知らないけど、

必ず逆を言う。

BUT-MANですな。

多分癖だったんだと思うけど、

会話を続けているうちにイライラしてくる。

もっと素直に喜べよ!

そのうち絶縁したんだけど、彼はその後どうなったんだろう?

もっと素直にならなけりゃ、幸せは訪れないんではないかと今更思います。





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昨日、森永卓郎さんがラジオでSNSについて

「一億層評論家」

だと

言っていたのを聞いたんですが、

まぁ、そうでしょうね。

でも、評論家魂を庶民に吹き込んだのは当の評論家でありマスコミなんだろうと思います。

物事には表と裏があって、誰かが良ければ誰かには悪いって事は当然あります。

その悪い方だけを取り上げて、

「〜だから悪い」

とか、

「〜だから心配だ」

って、毎日ひたすら誰かがメディアで述べる。

誰かを責める。

それを小さい頃からずっと観てる側からすれば、いつのまにかそのやり方が心に刷り込まれてその模範に従い始める。

そこで社会にSNSが登場して、発言の機会を得た庶民はどうするか?

当然、語ります。

森永さんがズラだと思えばそのまま流す。

回転寿司店に並んでいるのを見かけたら、そのままつぶやく。

なんの意図もなしに、毎日学習した通りのやり方でオモシロイと思った事をそのまま流す。

テレビを見て、覚えたやり方で、有名人の事を自分の手段で雑談を交わす(という感覚だと思う)。

それを分かっているからか、自分は実名を出して責任を持って話してるんだからいいんだけど、匿名でいいかげんな事をいうのは問題だって言ってましたけど気になるんならネット見なきゃいいんじゃないの?

って思った。

そして、「真似されたくないからテレビを観ないでください」ってなぜ言わない?

なんて矛盾を感じたんですけど、どうなんでしょう?

そして、僕も感じたことを独り言のつもりでそのまま述べてる。

屁理屈でしょうか・・・

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付き合う相手を選ぶ事で人生は変わると思う。

出来ない理由を探してばかりいる人のそばにいれば、そういう影響を受けるし、できる方法を探す傾向のある人のそばにいれば自分もそうなります。

これが、何年も積み重なると、かなりの差ができる。

突然仕事を依頼されても

「やったことがある」



「やったことがない」

では、対応も変わります。

問題への対処の仕方も、積極的に乗り越えようとすればそうできるのに、まず出来ない理由を探せば乗り越えようとすらしない。

咄嗟の判断で分かれ道が起きることもあります。

でも思考回路は毎日の積み重ねでしか作られないので、かなりの確率で日常の影響が出てきます。

”なんであんな考えを起こしたんだろう?”

”なんで自分はこんな環境にいるんだだろう?”

って思って振り返ると、その頃までに何らかの影響を与えたものがあったりします。

そういうわけで、ニュースを見るにしても、読書をするにしても、人と付き合うにしても相手を選ぶというのは大事なんだろうなと思います。
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急ぐと、どうしても間違います。

焦ると、本当は存在しないようなリスクが気になりだして、妄想から風車に立ち向かったドン・キ・ホーテみたいになります。

心を落ち着けるために、視点を変えよう・・・・・

そんな感じで、須崎の八幡様に行きました。

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子供の頃に遊んだ境内もそのまま。

広場は駐車場になっていますが、その他は健在です。

お正月にも行きましたけどね。

僕のパワースポットです。

もひとつ、西南大規模公園の眺めもご紹介。

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ここでも心が洗われます。


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先日マルナカで見つけたシュロ(?)の木。

先っちょだけ残っている。

無題


風のせいですかね?

横のも同じようになってました。

題
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昔は一億総中流なんて意識があったのですが、バブルが弾けて以降、本当は君たちは貧しいんだぞってマスコミが言い出した。

あれは、政治への批判からPRされた事だったような気がしますが、以来日本人が自信を失ったような気がします。

謙遜さは必要だし、現実を直視するのも必要だと思うのですが、どうも行き過ぎではないか?

自分を卑下すると、できるものもできなくなるし、自分は安売買いと安売りでいいんだって感じになってデフレ化が進んだんじゃないんかな?

PCや車も「使えればいい」なんて安物を探す人が多いですものね。

それでいいんかいな?

って思ってたら、案の定、すぐ壊れますけど。

こういう意識は却って問題なんじゃないかな?

って思っている矢先に見つけて買ったのが「日本覚醒 [ ケント・S.ギルバート ]」。
op


ケント・ギルバートさんが、経済や歴史から日本人がもっと自信を持っていいということを説明してくれています。

読んでて改めて思いました。

日本人はもっと自分のことを知るべきだって。

アメリカがどうしたとか韓国がどうのとか、よそのことばかり話してきましたもんね。

自分と自分の生活の事にもっと目を向けたいですね。

ついでに言うなら科学の発達で効率が良くなり、昔より生活は豊かになってると思うのですが、税金が上がった分だけ負担が増えている。

その分だけ節約しようとするのがデフレに繋がっているというのもある。

税金の無駄遣いに対して声が上がってき始めたところをみると、今後は良くなるのではないかな?

とも思ってます♬



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なにがイラッとするかって、急いでるときに思い通りにならないのが腹立つ。

例えば、急いでPCを使いたいときに出てくるこれとか↓

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早く飲みたいのに袋が破けないこれとか↓

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落ち着いて考えればどうということもなく対処できるのに、急いでいたらぶん殴りたくなる。

でも、モニターを壊したら大損だし、ジョアを投げれば掃除が大変。

人間とは愚かなものですね。

投資で失敗するのも、博打で生活費までつぎ込んで大損するのも感情に負けるからなんだそうですが、現実と自分の感情は食い違っていることを前提に生きていかなければどんどん窮地に追いやられていきそうです。

そして、世の中には人を動揺させてチャンスを掴もうとする人たちのPRが溢れている。

だからとりわけ意地も焦りも禁物だと思います。

いかなる時にも動じない、ゴルゴ13に学ばなきゃいけませんね。

こんどイラッとしたら、

「落ち着け、落ち着け、俺はデューク東郷だ、デューク東郷だ・・・」

ってつぶやくことにしよう・・・

そして、(僕はタバコを吸わないから)タバコの代わりにいもけんぴでも咥えて、

「・・・・・・・・」

って黙想することにします。

一呼吸入れるといいアイディアが湧くもんですしね。

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