むやもとみさしの多芸ブログ

整備のことやら読書のことやら高知県の魅力やらを紹介します。

カテゴリ: 思うところ

ふと出産って母子ともに命がけのものなのに、何百年もの間クリアして命が自分まで続いてきたんだという事に気づきました。

すべて成功しなければ自分には至らない。

ご先祖の誰かが失敗していたら自分はここにはいない。

恐ろしい確率で自分が存在している。

戦争や事故、健康状態などで、生まれても子孫を残す前に亡くなる人もいるわけだし、それもクリアしたご先祖がいて自分が存在している。

昔の人が家を大事にしていた意味がよくわかります。

幸運が代々続いてなきゃここには至らない。

そう考えると、一日一日、もっと大切に生きなきゃいけないなと思いました。

そういうわけで、早く温泉に行きたいです。



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ure


ファミマで売れ残ってて割引になってたキットカット。

一口食べて売れ残ってた理由が分かった・・
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僕にも若いころには理想があって、正々堂々とか正義とかが生存より優先みたいなことを考えていたのですが、それだと妙にうまくいかない事に気づき始めました。

正義を貫いても、それほど人は喜んではくれません。

喜んでくれても一過性のものであまり意味もない。

何かあれば手の平を返すのが人間というものです。

なにかがおかしい。

そう考えて、孫子の本などを読んでみると生物の存在目的は”生存”しかないと思えるようになりました。

自然の成り立ちが生存と繁栄なんだから当たり前なんでしょうけど、アドバイザーやら哲学者やら自分の利益のために意見を言う人の情報が多すぎて目的が非常に分かりづらい。

学校でもそういうことは教えないし教えられないんだろうと思います。

誰かのためにとか社会のためにとか言えるのは、生存できて初めて考えられることでしょう?

正義とか法律というのも人間が生きていくための秩序ができてからでないと言えないことだし。

正義や法律、兵器だって、誰かの生存のために作られたと言えるんじゃないでしょうか。

秩序ある社会=生存しやすい環境ですからね。

目的が生存で、手段が正義というわけですね。

これが逆転すると、妙なことになる。

誰かが生き残るために人に押し付ける建前なんて信じちゃダメです。

そうしないと、誰かが作った正義のために死ななきゃならなくなったりしかねない。

誰かの理想に振り回されると、生きる目的がわからないなんてことにもなるんではないかな。

いや、実際なってる人も多いと思う。

生存が目的なのに生きる目的がわからないなんて、自然に反してないか?

いや、絶対おかしいですよ。

憎い敵と和解しようが姑息な手段を使おうが逃げ出そうが、臨機応変に環境に適合して生き残ることが自然界の目的なんだからそれでいいんじゃないんだろうかと思うんです。

ただ生きてるだけでも負けなきゃ勝てる。

他は全部手段でしかないんだから・・・











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タイトルで衝動買いしました。

kannryou


大手新聞・テレビが報道できない「官僚」の真実 (SB新書)

読んでみると、「まあ、そうだろうな」って感じですが、かなり庶民はマスコミに踊らされているなと考えさせられました。

新聞は読まなきゃ済むけど、テレビは寂しいからついつけてしまう。

つけてたら影響を受けるので、英語の勉強もかねてネット配信のBBCニュースかなんかに切り替えなければやばいと思った。

”ながら勉強”の習慣がついている僕にはつらいけど、テレビを消して読書に励めれば最高なんですが・・・










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最近読み返しているこの本。

sonsi


今回はマーカーで線を引きながら読んでます。

孫子のルールはどんな状況でも当てはまると思うから。

で、読んでて気になったのが、時間の価値が刻々変わるって事。

どんなに努力しても、そのタイミングではムダっていうのがあります。

チャンスが逃げてしまった後に努力しても筋違いってもんですね。

そして、自分ではどうしようもない事に時間を費やすのではなく、自分でコントロールできる事に努力を集中するのが正解らしい。

「不敗の体勢を作れるかどうかは自軍の体勢いかんにかかっているが、勝機を見出せるかどうかは敵の体勢いかんにかかっている」


・・・言いえて妙ですね。

「そして、自分が有利な機会を掴まなければ、次は相手が有利になる」

もっともです。

チャンスが来るまでは、ひたすら準備して待つ。

チャンスが無いと嘆いてる暇があったら、準備して待つ。

これで、チャンスが来たら迅速に行動できます。

成功の8割は段取りで決まると思ってましたけど、これで裏付けが取れたと思います。

待っている間に段取りすればいいんですね。

今後もこれで行こうと思いました。










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微積分をまともに勉強しようと思ったけど難しいのでまず優しい本から読もうと思ったので買ってたのがこれ。

bibun

微分・積分を楽しむ本(愛蔵版)

最初の部分で「桜の開花と積算温度」が出てきて感心した。

詳しくはリンク先を見ていただくとして、僕は、「八丈島の桜の開花が東京より遅い理由が桜の花芽が冬の間に寒さにさらされる期間が短いから」と述べられている事に注目。

夏の終わりに花芽はいったん成長を止めて眠りに入る。

冬の厳しい寒さに一定期間晒されると花芽は再び成長を始めて開花が早まるらしい。

厳しい寒さが成長のトリガーになるなんて、まるで人間と同じじゃないか!

危機感を感じないと勉強しないし働きもしない。

苦難や逆境がないと、開花しないチャンスや才能というものもあるんじゃないかな?

そういうことで積分そっちのけで感心した次第です。

ナポレオン・ヒルで聞いた、

「問題がある?それはいいことだ」

っていう、クレメント・ストーンの言葉が思い出されました。

苦難もどう受け止めるかで成長の機会にできるんですね。

それでなぜか思い出したけど、昔AMDのCPUにゲタはかせて”喝入れ”なんてやったましたけど、喝って必要なんでしょうね(PCの場合は良くないけど)。

成長するには多少の逆境も必要なんだと思います(死なない程度にね)。

桜も頑張ってるんだから、私も頑張ろうと思いました。



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前に買ってたんだけど、改めて読み直す「実践版 孫子の兵法 ― 勝者を支える最高峰の戦略書

sonsi


試しに今回の衆議院選挙に照らしてみました。

「敵を分散させるほど、攻撃側は優位に立てる」

っていうのが121ページに出てます。

その中で、

〇相手の意図がわかっているとき、守る側が有利

〇意図がわからないとき、責める側が有利

となってます。

例として1979年にヤマハがオートバイの盟主の座を狙うと宣言してホンダに挑戦したことが挙げられてますが、これを受けてホンダが応戦、結局不毛な競争でどちらもが在庫と経常利益の悪化に陥ったとのことです。

安倍政権に真っ向から宣戦布告した小池さんが当てはまるのかな?

これを受けて、自公が結束、対抗処置に出て圧勝。

これが国民から見ると、希望の党は党首が出馬せず更にリベラル派排除もやったので保守寄りに見えるし自民党の内部分裂みたいで意図がよくわからなくなった。

〇相手の意図がわかっているとき、守る側が有利→自民党の対希望の党戦略としては有利

〇意図がわからないとき、責める側が有利→希望の党から有権者に訴えるのには不利

ということでしょうか?

まぁ、その後の希望の党の騒動を見てると与党にならんで良かったって思ったのは僕だけでしょうか??

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生老病死がもれなく付いてくるのが人間の一生だというけれど、生きてないと苦しみも生じない。

山があって谷があるのが自然の成り立ちなんで、それが当たり前なんだろうけど、そう考えると谷のドン底まで行けば登るしかないとなる。

しょせん、ものは考えようという事でしょうか。

大きく見える問題も小さく細切れにして処理すればそれほどのことでもない。

面白くもない問題をかたずけていくのも、単なるルーチンワーク化すればどうという事もない。

更にそれを超えて、問題処理をゲームみたいに楽しめるようになれば乗り越えるのも楽しくなると思う。

そう考えると、感情が働いて問題が大きく見えるのが原因なんだろうと思います。

では感情をコントロールするにはどうするべきか?

困難は生きてる証拠だと考えると、それもまたいいことなんじゃないかと思います。

無いものや失われたものに注目するのではなくて、与えられたものやまだあるもの、さらに自分が持っていて人に与えられるもの、それに注意を向ければ楽しい人生を送れそうです。

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無題


先日撮ったお月様。

あちらから見たら、こっちの悩みなんか微塵も見えないんだろうな。

環境は圧倒的にあちらがキツイはず。

なんせ人間が住めないんだから。

でも遠くから見たらきれいに見えるんですよね。

快適な生活を求めるあまり目先の事ばかりに心を奪われて、「あれがダメだ、これがダメだ」なんて言ってるのが愚かしい。

生存できているってだけで奇跡なのに。

でも人間の寿命だと、生きていられるのも100年足らず。

その貴重な期間を悩んだり苦しんだりするのはもったいないですね。

ああ、温泉に行きたい・・・
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走行中にランプが点いて停止したワゴンR(MH23S)。

再始動しようとしてもバッテリーあがりみたいでセルが回らない。

スキャンツールで見たけど、「異常なし」です(バッテリー交換してエンジンをかけたときの電圧は11.14Vで電気が入ってきてない模様)。

見た目バッテリーが古くなっていたので、充電しなくなったのかな?

と思ったのは、最初にチャージランプが点かなかったからです。

走行中に出る現象は、最初にメーターパネルのシートベルトの警告灯が点滅。

次にABS、次にブレーキ警告灯、その次にチャージランプ、その次にエンジン警告灯が点滅してナビがオフになり、メーターパネルの電気が消え、エンジン不調となり停止です。

電気がなくなっていく順番が克明に分かる現象でした。

バッテリーを交換して、しばらく走るとやはり同じになります。

この車はドライブシャフトとミッションサポートのカバーを外さないとオルタネーターを取り出せないのでなるべくやりたくないんだけど、次に見るのはそこしかないし。

セオリーに従えば、チャージランプが点かないので”オルタは除外”なんだろうけど、途中に制御系の回路もないみたいし、配線切れを疑うともっと大変になるのでとりあえずはオルタから・・

ドライブシャフトを抜くとオートマフルード(ATF)が出てくるので、ついでにオイルも交換です。

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これって、セルモーター交換の時も同じ工程が必要なんじゃ・・・!!?

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外れないのでブラケットごと出しました。

電装屋さんに持っていって単体検査してもらったら、電気が”起きてない”との事で犯人確定です。

じゃあなんでチャージランプが点かないんだろう?

って自然な疑問が起こるのですが、オルタの故障個所が、いつものブラシの摩耗ではなくダイオードだったとの事で、これが原因だッ!

との事です。

オルタの発電電圧がなくなると、単純にバッテリーとの電圧の差でパネルのチャージランプに電気が流れてランプが点くんではないのか?

と思ったけど、オルタ自体は正常に機能しているのでダイオードの所で整流されないので出てこないって事でしょう。

電装屋さんの説明では、ダイオードがダメになると、キーオン状態でチャージランプが点灯しないとの事(エンジンをかけても点灯しない)。

・・・でしたが、キーオンで点いてたような気が・・・??

写真も撮ってないので今となっては記憶違いかもしれませんが、マニュアル通りにいかないのは人生の常だと思いました。













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