むやもとみさしの多芸ブログ

整備のことやら読書のことやら高知県の魅力やらを紹介します。

カテゴリ: 哲学

僕が熟読してる本。

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「これでいいのか?」

と、自信がなくなるたびに引っ張り出してきて読んでます。

表紙が取れてガムテープで貼ってます(笑)。

分厚い本だから最初は取っつきにくかったけど、読んでみると不屈の闘志が湧いてきます。

お勧めです。



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ゴルゴ13の名言

「……10%の才能と20%の努力……そして、30%の臆病さ……残る40%は……“運”だろう……な……」

この前の選挙結果をみてて突然この言葉を思い出しました。

安倍総理は相手が勝手にこける強運をもっておられると。

岸信介氏の強運は有名なところですが、強運の家系なんでしょうか?

どんだけ評判が悪くとも落ちないで日本を引っ張っていけるのは、やはり運なんでしょうね。

あらためて、ゴルゴの

「……10%の才能と20%の努力……そして、30%の臆病さ……残る40%は……“運”だろう……な……」

という言葉を噛みしめたい。

努力と才能と臆病(慎重)、それに運が重ならないと、一流のプロフェッショナルにはなれないのか・・

運があっても努力をしなけりゃただの人だろうけど。

それはともかく、僕も何度か危ない目には遭ってきました。

子供のころカナズチだった僕は、新庄川で浮き輪で浮かんでました。

親戚の子が浮き輪を貸してって言ってきたので、何気なくいいよって貸したら足が届かない。

借りた子はそのままありがとーって翻って向こう向いたので、パニクッてあっぷあっぷしている僕に気が付かない。

まだ深くなり始めのところだから、ずぼっと沈んで底に足がついて飛び上がってを繰り返しているうちに石を蹴って足の届くところに着地できたので助かった。

ほんと、あれはやばかった。

今でも冷や汗が出ます。

子供でも立ち泳ぎくらいはできるようになっとくべきですね。

もうひとつ、20代のころに大分市から佐伯市に向かうときに10号線でトイレ休憩か何かで前を走るバスが右に入った。

でも、前に車両がいたのか、途中で停車。

対向車線を走ってきた乗用車がよけ切れずに衝突。

斜めになったバスをスライドして僕の軽自動車めがけてそのまま走ってきました。

この間、一瞬で、何が起きたかわからずにブレーキも掛けられなかった。

このときも減速しなかったお陰で、間一髪ですり抜けましたが、あれもやばかった。

安倍さんほどの運はないにしても、僕にも運が味方してくれて今まで生きてこられたんだと思います。

強力な守護霊様がいるのかな?

まぁ、それは分かりませんけど、どんなに成功しても早世してしまってはどうにもやり切れません。

完全に負けなければ勝つチャンスはあるって孫子にもあることだし。

世の中、自分の力では及ばないことばかりなんですから、生きていられるだけで強運なんだと思います。

ありがたいですね。


















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ふと出産って母子ともに命がけのものなのに、何百年もの間クリアして命が自分まで続いてきたんだという事に気づきました。

すべて成功しなければ自分には至らない。

ご先祖の誰かが失敗していたら自分はここにはいない。

恐ろしい確率で自分が存在している。

戦争や事故、健康状態などで、生まれても子孫を残す前に亡くなる人もいるわけだし、それもクリアしたご先祖がいて自分が存在している。

昔の人が家を大事にしていた意味がよくわかります。

幸運が代々続いてなきゃここには至らない。

そう考えると、一日一日、もっと大切に生きなきゃいけないなと思いました。

そういうわけで、早く温泉に行きたいです。



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僕にも若いころには理想があって、正々堂々とか正義とかが生存より優先みたいなことを考えていたのですが、それだと妙にうまくいかない事に気づき始めました。

正義を貫いても、それほど人は喜んではくれません。

喜んでくれても一過性のものであまり意味もない。

何かあれば手の平を返すのが人間というものです。

なにかがおかしい。

そう考えて、孫子の本などを読んでみると生物の存在目的は”生存”しかないと思えるようになりました。

自然の成り立ちが生存と繁栄なんだから当たり前なんでしょうけど、アドバイザーやら哲学者やら自分の利益のために意見を言う人の情報が多すぎて目的が非常に分かりづらい。

学校でもそういうことは教えないし教えられないんだろうと思います。

誰かのためにとか社会のためにとか言えるのは、生存できて初めて考えられることでしょう?

正義とか法律というのも人間が生きていくための秩序ができてからでないと言えないことだし。

正義や法律、兵器だって、誰かの生存のために作られたと言えるんじゃないでしょうか。

秩序ある社会=生存しやすい環境ですからね。

目的が生存で、手段が正義というわけですね。

これが逆転すると、妙なことになる。

誰かが生き残るために人に押し付ける建前なんて信じちゃダメです。

そうしないと、誰かが作った正義のために死ななきゃならなくなったりしかねない。

誰かの理想に振り回されると、生きる目的がわからないなんてことにもなるんではないかな。

いや、実際なってる人も多いと思う。

生存が目的なのに生きる目的がわからないなんて、自然に反してないか?

いや、絶対おかしいですよ。

憎い敵と和解しようが姑息な手段を使おうが逃げ出そうが、臨機応変に環境に適合して生き残ることが自然界の目的なんだからそれでいいんじゃないんだろうかと思うんです。

ただ生きてるだけでも負けなきゃ勝てる。

他は全部手段でしかないんだから・・・











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微積分をまともに勉強しようと思ったけど難しいのでまず優しい本から読もうと思ったので買ってたのがこれ。

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微分・積分を楽しむ本(愛蔵版)

最初の部分で「桜の開花と積算温度」が出てきて感心した。

詳しくはリンク先を見ていただくとして、僕は、「八丈島の桜の開花が東京より遅い理由が桜の花芽が冬の間に寒さにさらされる期間が短いから」と述べられている事に注目。

夏の終わりに花芽はいったん成長を止めて眠りに入る。

冬の厳しい寒さに一定期間晒されると花芽は再び成長を始めて開花が早まるらしい。

厳しい寒さが成長のトリガーになるなんて、まるで人間と同じじゃないか!

危機感を感じないと勉強しないし働きもしない。

苦難や逆境がないと、開花しないチャンスや才能というものもあるんじゃないかな?

そういうことで積分そっちのけで感心した次第です。

ナポレオン・ヒルで聞いた、

「問題がある?それはいいことだ」

っていう、クレメント・ストーンの言葉が思い出されました。

苦難もどう受け止めるかで成長の機会にできるんですね。

それでなぜか思い出したけど、昔AMDのCPUにゲタはかせて”喝入れ”なんてやったましたけど、喝って必要なんでしょうね(PCの場合は良くないけど)。

成長するには多少の逆境も必要なんだと思います(死なない程度にね)。

桜も頑張ってるんだから、私も頑張ろうと思いました。



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生老病死がもれなく付いてくるのが人間の一生だというけれど、生きてないと苦しみも生じない。

山があって谷があるのが自然の成り立ちなんで、それが当たり前なんだろうけど、そう考えると谷のドン底まで行けば登るしかないとなる。

しょせん、ものは考えようという事でしょうか。

大きく見える問題も小さく細切れにして処理すればそれほどのことでもない。

面白くもない問題をかたずけていくのも、単なるルーチンワーク化すればどうという事もない。

更にそれを超えて、問題処理をゲームみたいに楽しめるようになれば乗り越えるのも楽しくなると思う。

そう考えると、感情が働いて問題が大きく見えるのが原因なんだろうと思います。

では感情をコントロールするにはどうするべきか?

困難は生きてる証拠だと考えると、それもまたいいことなんじゃないかと思います。

無いものや失われたものに注目するのではなくて、与えられたものやまだあるもの、さらに自分が持っていて人に与えられるもの、それに注意を向ければ楽しい人生を送れそうです。

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無題


先日撮ったお月様。

あちらから見たら、こっちの悩みなんか微塵も見えないんだろうな。

環境は圧倒的にあちらがキツイはず。

なんせ人間が住めないんだから。

でも遠くから見たらきれいに見えるんですよね。

快適な生活を求めるあまり目先の事ばかりに心を奪われて、「あれがダメだ、これがダメだ」なんて言ってるのが愚かしい。

生存できているってだけで奇跡なのに。

でも人間の寿命だと、生きていられるのも100年足らず。

その貴重な期間を悩んだり苦しんだりするのはもったいないですね。

ああ、温泉に行きたい・・・
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人は何故何故か不安になるのか?

それは自分では動かせないのをどうにかしようとしているからだ

・・・と、いう事に最近気づきました。

誰かの気持ち、無くしたものやチャンス、持ってないもの、失われた過去、死んでしまった人、壊した物、政権政策、税金etc・・・

この中には、今すぐどうかなるものじゃなくても、時間をかけて努力すればどうにかなるものもありますが、それさえもすぐにどうにかしようとすると悩みが生じます。

どうにもならないものをどうにかしようとしても、自分の力の無さに打ちひしがれるだけです。

「やっちまったものはしょうがない」

「いずれ手に入るさ」

なんて思える人は突破口を開けるんだろうけど、凡人たる自分には難しい。

そこで考えたのが、問題に直面した時には趣味に打ち込む事。

自分の好きなこと=大抵はうまくできること

なんで、これに打ち込むなら気持ちを変えることができます。

気持ちが変わればスタンスが変わる。

スタンスが変われば見えるところも変わる。

見方が変われば解決策も見えてくる。

そういうことで、なんとなくうまく行けたりするのが自然の成り立ちなんだろうと思います。

動かせないものは動かさないで、動くところから動かすのがいいんだけど、それを見つけるのには気分転換が必要なんですね。

歳を取ると、正攻法ばかりじゃ行き詰るなんてことがわかるもんですね。

昔アニメの「一休さん」で、

「あわてない、あわてない、ひとやすみ、ひとやすみ」

って言ってたけど、あれ、深いですね。

それと、自分が望んでいることなんて実はたいしたことでもなかったりしますしね。

動かせないものが実は動かない方が良かったりします。




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僕はホースやらパイプやら配線やらが並んでいる光景がとても好きです。

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AKIRAの後遺症でしょうか?

なんか、こう、それぞれが受け持ちの働きをしてる姿が美しいと思うのですよね・・・





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関係ないけど、与島のパーキングエリアには無料の按摩機がありました。

こういうサービスはありがたいです。

機械が人間を幸せにするのがとても嬉しいです。




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「裏切り者名を受けて〜(^^♪」

デビルマンの歌を口ずさみながらふと気づいた。

ヒーローって、みんな孤独なんだ!

他から突出した存在は当然、浮く!

周囲からは理解されない。

起業家もそうみたいだし、狂人扱いされた偉人も少なくない。

で、あれば、苦悩することはヒーローの特権なのではないか?

と、いうか、そこを通らないとヒーローになれないということか・・・

なんだか励まされました。

ホリエモンも理解されてませんもんね。

彼がヒーローかどうかは分かりませんが、成功者ではあるし。
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