むやもとみさしの多芸ブログ

整備のことやら読書のことやら高知県の魅力やらを紹介します。

カテゴリ: 哲学

嫌いな人ほど大事にしなさいなんて自己啓発の本に書いてあったりするけど、あながち嘘ではないと思う。

でも、サンドバッグにされながらひたすら耐えるのもまた違うと思う。

その人から逃げ出したい一心で猛烈にスキルアップや仕事に取り組んだり、延び延びになってた案件を仕上げたり、自分でも気づかなかった欠点や癖を指摘されて直せたりと、使いようによっては貴重な存在なのですが、その人のおかげなんて思うのは後になってからなんで、その時にはやたら不愉快である。

不愉快だけど一緒にいなければいけない時には、やり返さずにじっと耐えるしかありません。

やり返すと大事な助言も聞けないし、自分だけでは発することのできない動機が発動しないから。

古来より、好敵手というのは成長には欠かせない存在なのであります。

どうせありがたみなんて後でしか分からないんだから、大事にしなきゃなんて自分を諌めてもストレスになるだけです。

それより不愉快エネルギーをなにかに転用したほうがいい。

いや、転用してはじめてありがたい存在になるのか。

犯罪者になるか、ステップアップするかの分かれ道ですね。

相手はこちらが不快に思っているなんて露も知らないんでしょうから、いきなりドスッっていうのもなんですからね。

どうせなら、ありがたい点火剤になってもらいましょう。





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気を遣っているうちは親しくはないんだけど、それが無くなると諍いが起きる。

親しき仲にも礼儀ありである。

しかし一線を越えることで、得られるものもある。

サイコパスは別であるが、誰かを怒鳴りつけて悪かったと思えば、あとは優しくなれたりする。

一度感情をさらけ出せば、相手の手の内も分かる。

今度怒られたら、相手に貸しを与えたと思えばいいと思う。

感情的になったら負けるというイチロー先生の教えは本当で、これは孫子の兵法にも通じるんではないかと思う。

負けそうになぅたら引く。

感情的になりそうだったら引く。

同じことである。

相手がヘクるまで、時期が来るまで待つ。

その間に次の準備をしておく。

負けないことが勝つこと。

相手に怒鳴らせとけばこっちには理があるのですから、喧嘩になったらさっさと引くことですね。

危害が加えられそうになったら逃げるしかありませんが。





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長く会話を続けていると、だんだん話題がなくなってきて墓穴を掘るようになる。

いつの間にか、

知らないはずのことまで知られていて、驚いたら

「あんたが言ったじゃん」

って言われて窮地に落ち込む。

そこで、セーフティネットを貼ることにしました。

3つの戒めであります。

「多くを語るな!」

「ダラダラ話すな!」

「情報を与えるな!」


これを無意識にできるようになれば、完璧である。

加えて、アドラーの「嫌われる勇気」を読めばもう最終形態であるね。

多分。

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不安な気持ちが起きた時は、多分なにか理解できないことを潜在意識がキャッチしているときです。

それが何かが分かれば対処できる。

それを確信できれば心も落ち着きます。

不安というのは、理解できない事柄を無理にどうにかしようとしている事から起きてるフラストレーションですから、次回何かに不安を感じたらそれをまず観察することが大事ではないかと思います。

その上で、解決できる問題なら解決する、解決できない問題ならほっておく。

無理なら始めから取り合わなければいい。

どこかで無理をしてるから不安が起きてます。

そうは言ってもやらなきゃって事なら、できる人に振ればいいわけですね。

理解していない事に突撃する行為は自滅行為ですから。

無理は禁物です。

まずは観察。

調べて考察して、無理なら丸投げ。

できるようならやればいい。

生き残る道です。




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商売をしていると、たまに収益がどんと上がる時があると思うんですが、そこで大きな買い物をしなきゃなんて思うと、それが癖になります。たぶん。

バブル期に不動産を買いまくって本業がダメになった会社はけっこう多い。

習慣とはいかに恐ろしいものか。

タバコもいつの間にか吸ってる、タバコ代だけはどこからか出てくる、というのが禁煙のできない人の悩みだそうですが、これも習慣ですね。

逆に言えば、人間の意識なんてほんの一部でしかないということなんでしょう。

そして、無意識を操るのが、快不快の感情であるとのことです。

好きなものには無意識にくっつき、嫌いなものは無意識に避けるんですね。

それは、遺伝子の傾向であったり、幼児期の環境であったり経験であったりで自分の脳にそういうパターンができてるのでしょう。

で、どうすればそれを変えられるかと言うと、経験とか記憶を積み重ねるしかない。

食わず嫌いでやらないのであれば、いつまで経っても変わらない。

やってみたら意外と楽しかったなんてことはたくさんあります。

というわけで、したがり見たがりやりたがりは、いろんな世界を見られて超お得なのであります。

これに、勤勉さと勉強グセが加わると、きっと素晴らしい人生が待ってると思うんですね。

なんでも場数です。

勤勉な百戦錬磨の勇者には誰も敵いませんわ。



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人間だから感情に振り回されることはままあります。

でも理性で考えれば、今それに手を出せば破滅が訪れる事が分かることもある。

さあ、そこでストレスが起きてきます。

こういう時に必要なのが発想の転換。

感情の源の大半は不安であります。

不安は知らないことから生じます。

なぜ知らないのか?

調べないからであったり、自分の性格から教えてもらえなかったりすることから起きているのかもしれません。

十分な調査をしない習慣があれば、知らないジャンルが多くなります。

”したことがない”という理由で手を出さなければ、いつまでも知らないで過ごすことになります。

ここでも性格と習慣が影響していることになりますね。

したがり見たがり聞きたがりは、ここ一番での不安に直面しにくいということですね。

教えてもらえないという状況なら、それは自分の態度に原因があるかもしれません。

例えば、すぐ否定する癖、怒る癖。

相手の話を遮る癖。

聞いといて否定するなんて最悪です。

言葉遣いが荒い、トーンが不快なんてのもありますね。

ここでも相手を全肯定するなら、かなり得しますね。

感情と理性の間で苦しむなら、それはもしかしたら自分の癖に原因があるのかもしれませんね。

自分じゃわからんけど。



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子象の鎖

という例えがある。

無力な小象の時に繋がれた鎖が力のついた大人の象になった頃にも有効に働くってやつ。

自己啓発の話なんかに出てきますね。

単なる思い込みです。

これが、子供の頃に刷り込まれた教育で当たり前に社会常識になっている。

職場で出てくる慣例ってやつがそうかも知れませんね。

前例がないからできないってやつ。

それを飛び越えれば新しい世界が開かれるというのに。

年功序列に終身雇用、温情主義なんていうのも、これまでそうだったからというので安心してたらあっさり首切りです。

時代は変化していて、これまでの思い込みはどんどん壊れていっております。

これからは、”生存”という一点だけブレずに他のことはすべてフレキシブルについていかなければやっていけない。

これまでもそうだったんでしょうけど、そのスピードがどんどん速くなっていると思います。

今を生きる。

ファジィに生きる。

水の柔軟性を身に着けたいものですね。

特に精神面でこれは言えると思うんですよ。





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人生しんどいことも多いけど、これまでの経緯を考えると結局人は

経験で成長する

というのは正論だと思います。

仕事を振られて

「やったことがない」

企画が出てきて

「前例がない」

では、なにも進歩しない。

でも怖くて前例のないものに手を出したくないのも人間の性であるとも思います。

これを無理やり経験させてくれるのが、

逆境であり、試練ではないかと思うのですね。

でも一度経験したら、

「あ、それ、やったことありますよ」

で、楽勝。

「貧乏や失敗は一度は通らねばならぬはしかのようなものだ」

とは本多静六氏の言葉。

「問題がある、それはいいことだ」

更に、大富豪のクレメント・ストーンさんも言っておられる。

お二方も経験からそう言っておられるんだと思います。

マイナス分だけプラスになるならありがたいです。

経験しなきゃなんにも進まないのだから、あえて壁ができたらそれを乗り越えるか横道から抜ける方法を考えよう。

逆境も成長させてくれるんならウェルカムだと思います。
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修理でも日常生活でも言い訳するとか嘘を付く人も多いですが、結局の所正直さが残ると思う。

ウソをつくのも頭を使うので、本当に大切なところにリソースを割けない。

人間にはキャッチする能力もあるので、なんかおかしいな?

ってなるので、人も自分もなんだか信頼できないな?

ってなるし。

プライドの高い人ほど方向転換が難しいと思うのだが、バカにされるのは言い訳ばかりして本当のことを言わない人のほうだと思う。

僕は、面倒くさいからあるがままを話す。

こうすると後腐れがない。

考えが変わったら、

「あの時はああ言ったけど、どうも違うみたいです」

なんて説明する。

人も環境も時々刻々と変わるので、別に以前の考えに固執する必要もないし。

人それぞれだとは思うけど。
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嫌なら嫌でいい

と、最近僕はそう思う。

あえて理由を言えば、「あんたが嫌いだから」

それだけでいい。

それを変に理由づけして説明しようとするから面倒になる。

「あのときあんたがこう言ったから嫌になった」

と説明すると、

「じゃあもう言わないからいいだろ?」

ってなる。

これはおかしい。

これでは、

大抵はあんたの態度だとか、あんたの性質が嫌だとか、反りが合わないという理由であるのに、ただ、

「あのときあんたがこう言った」

だけに焦点があってしまう。

起きた現象に焦点が合うと、同じことが繰り返される。

いけすかないヤツでも、見方を変えるといいヤツだったりするんだけど、それでも嫌ならやはり反りが合わないんだろうと思う。

なんだかわからないけど文句なくイヤなら合わないのである。

イヤなら接触を減らすべきでそれ以外に対策はない。

説明はいらないのである。

そのうち時間が経ってお互いに変化すれば、反りの合うこともあるのかもしれないが、それを待つのが最善だろうと思う。




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