むやもとみさしの多芸ブログ

整備のことやら読書のことやら高知県の魅力やらを紹介します。

カテゴリ: 哲学

学生のころ、和式水洗トイレで水を流してどっこいしょって立ち上がった時に、ばあちゃんからもらった小さなお守りが落ちました。

そのまま流れてしまったんだけど、帰省した時にそれを言ったらばあちゃんが激怒した。

今にして思えば、唐突に言ったので便器にお守りを捨てたって思ったんだろうと思うんだけど、その時には、何故に怒るのかが分かりませんでした。

言い方ひとつで相手のとらえ方も違うもんだと思います。

その前に、わざわざ言わなくても良かったんじゃないか?

って思う。

大事に持ってますよって事で良かったんじゃないかな?

思いやりが足りなかったな。

そういう生真面目さは日本人の特性かもしれないけど、社会を見渡せば、学校、マスコミ、家庭に至るまで潔癖症(病?)が蔓延しているような気がする。

思いやり=忖度

なんだか似てるような気もする。

忖度したかどうかなんてもはやどうでもいいと思うけど、白黒つけたがる社会っていうのも窮屈なもんだと思いました。

あんまり緩むのも困るけど。

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子供のころ、僕は親や祖母と言い合いになることが多々あった。

高校のころになると、屁理屈も覚えてなかなか生意気なガキになっていた(んだろうと思う)。

女性には多いが、同じ話を何度もするという習慣が祖母にもあって、小さいころから宗教の話を繰り返し聞かされていてうんざりしていたのもあっただろうけど、僕は遂に持論を展開して反撃に出た。

しかし、しばし言い合いをして、祖母が答えられなくなった時に妙にかわいそうになった。

だからといって、その時に謝ったりはしなかったのだが、一つ教訓を得た。

議論をして勝ってもいいことはない。

そこで相手を打ち負かしても、恨みを買ったり人間関係に亀裂が入るばかりだ。

増してや年寄りを苛めたとなると気持ちも悪い。

それから、徐々にだけど、僕は言い返したくなった時には一呼吸置くようになった。

自分の中の目的も、相手に勝つことよりもっと実利のある人間関係に重点を置くようにした。

これが後に「必要な事も言わない人物」という「悪評」を買う事にもなるのだが、長い目で見たら、フラストレーションは溜まるけれども、それはそれで良い結果を生み出すのではないかとも思う。

黙っているとボディーブローのように相手にダメージを与えることもあるようだけど。

それでも、時々激発的な感情が出るときもあるのだが、概ね良い人生をおくれているのではないかと思う。

祖母のお陰だ。

生きてる時に言うと舞い上がる祖母だったので生前には言わなかったけど、そういう感じで大きな遺産を貰ったと思ってる。

ありがとうございました。
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さっき、トイレに行って立ち上がって突然衝撃を受けた!

「お尻のお肉がないと、大変なことになるぞ!」

パンツを不必要に汚さないためにはこの盛り上がりが必須ではないか!

更に、これがないと座るときにまんまこうもん様が刺激されて痔になる恐れが大きい。

こうもん様を守るためのスケさんカクさん的な存在が、このお尻のお肉なんですね。

そうなると、誰がこの構造を考案し作成したのか?

となる。

お尻からでも神様を感じることはできるんだ。

こういうところから宗教に目覚めるのですね。

ともあれ、ありがたいことです。

今まで当たり前に考えてたのが申し訳ない。

感謝できることはどこにでもあるんですね。



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よーっく考えてみれば、思い込みで十把ひとからげにしてる事って多い。

”子供だから”とか、”お年寄りだから”とか、”おっさんだから”とか、”ヲタクだから”とか・・

これが、「子供だから考えがない」とか、「お年寄りだから危ない」とか「おっさんだから気持ち悪い」とか、「ヲタクだからコミニュケーションがはかれない」とか、無意識に考えてしまう。

ニュースや法律だってこれに縛られているフシがある。

子供だから考えが足りず、保護しないといけないので、厳罰には処しない。

お年寄りだからある年齢になったら認知症を疑わなければならない。

おっさんだから女性専用車両を作って乗れないようにしないと危ない。

ヲタクは呼ばない。

子供だって、早熟だったり下手な大人より機転の利く人もいるだろうし、犯罪に手を染めても平気な人もいるでしょう。

年配者だって、個人差がある。

おっさんだって、紳士はたくさんいます。

逆に、肉食系のおばさんだっているんじゃないかな?

ヲタクは職人の別の呼び方だったりします。

見かけとか、年齢とか性別とかで一括りにするのは楽かもしれないけど、それはそれでおかしいんじゃないかと思う。

個人を特定できる情報は”個人情報”なんだろうけど、それを知らなければいろいろ判断できないのも事実で、これの場合分けなんてことも必要なんではないかと思います。

ともあれ、情報の伝達がより細かく、よりスムーズにできるようになったので”個”を見ないとうまくいかない時代が来てるんではないかな?





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言うだけでポジティブになる
ってタイトルで買ったこの本、自分がその気になる方法として出す言葉が提案されてます。

po


よく、言霊(ことだま)って言いますけど、声に出すと結果がかなり変わるっていうのは良くあります。

力を入れるときにも、「オラオラオラー!」って大声を出すと大きな力が出たりする。

聖書にも「はじめに言葉ありき・・」ってありますしね。

消極的な時には、無意識に消極的な言葉を吐いていたりします。

そういえば、青木さやかさんも、素人のころには「有名になりたい」って自分で連呼していたそうだし。

まず言葉があって、それに従って気持ちが動き、行動に表れていくのが人間の作りみたいです。

そう考えると、日頃発している言葉で自分の今後が分かるとも言えるかもしれない。

スキャンダルばかり追い求めて反復するマスコミの終焉も見えてきたりして・・

やばいやばい。

「全部オッケー!やったー!上げ潮キター!」

これで、人生の谷間も言葉の力技でチャンスに変えられる!

今後は口から出る言葉は、何が起きてもこれで行きます!!!

実際、上り坂は苦しいものですし、楽な時の方がやばいのかもしれませんね。






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猪突猛進型の僕でも、親族が立て続けに亡くなると、生きていることのありがたみを考えるようになりました。

そして、自分に関わってくれている周囲の人のありがたみも。

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「科学にすがるな!」――宇宙と死をめぐる特別授業

いざ、いなくなってしまうと、してやれなかったことばかりが悔やまれる・・・

今朝も生きていていられてありがたい限りです。

本田宗一郎さんも生きているうちに使えって言ったみたいだし(いや、変な意味ではなく・・)。





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ちょっと立ち止まって考えてみると、引力(重力)って凄いと思った。

地球の自転や公転の遠心力で大気もなんもかもすっとんでしまわない程度で、しかも地表に張り付いて潰れてしまわない程度に作用している。

この力が一瞬でもずれたら私らお陀仏です。

惑星間の引っ張る力も丁度だから、地球が宇宙のかなたに飛んでいく事もない。

理論すら良くわからないけど、想像もできないような緻密な構造でないとこれは実現できなんじゃないか?

地表で生まれて生きていられて生活を楽しめるとしたら、これはもう奇跡以外の何物でもない。

命は親から頂いたかけがえのないものだけど、その後も生きられるようにしてくれた周囲の人々や、その人々をも含めて存在できるようにしてくれている偉大な力が存在するんですね。

大人になったら自分だけで生きているなんて奢りも出てきますが、実は思い込みが増えただけなんでしょう。

誰かのお陰で存在していられるって事を認識していきたいものです。








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仕事でもギャンブルでも家庭問題でも、必要なのは気持ちの切り替えだと思う。

そしてこれが難しい。

仕事やギャンブルや投資で大損しても、素早く気持ちを切り替えて次のチャンスに向かえる人が強い。

怒らせた人をなだめようと追いかけると、更に怒らせてしまいます。

下手に損失を取り返そうとすると、更にどうしようもなくなる。

自然の法則なんでしょうね。

失敗して謝ったら気にせずスパッと切る。

できる限りの誠意を示せば相手もそれ以上は責められないから蒸し返されることも少ないので、問題もそこで切りやすいです。

反省はするけど後悔はしない。

これが幸せの秘訣なんじゃないかと最近は思います。




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成功者と失敗者の違いってなんだって考えるに、切り替えの違いじゃないかと思います。

簡単に言えば、失敗を切り捨てられるかどうかってこと。

くよくよしない。

それはそれとして次に進む。

これを繰り返して自分の望んだものを手に入れるのが成功者。

責任がどうだとか体裁がどうだとかくよくよして自分の持ってるものまで失っていくのが失敗者。

「はい、次、はい、次」

って問題も課題も人間関係も仕事も失敗も成功も淡々とこなしていく。

感情は引きずらない。

責任もある程度は取らない。

それが身に付けばなんとなくいいものが残るんではないかと思います。

舛添さんもホリエモンもそうやってるみたいだし。

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僕が熟読してる本。

hil


「これでいいのか?」

と、自信がなくなるたびに引っ張り出してきて読んでます。

表紙が取れてガムテープで貼ってます(笑)。

分厚い本だから最初は取っつきにくかったけど、読んでみると不屈の闘志が湧いてきます。

お勧めです。



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