むやもとみさしの多芸ブログ

整備のことやら読書のことやら高知県の魅力やらを紹介します。

カテゴリ: 哲学

生老病死がもれなく付いてくるのが人間の一生だというけれど、生きてないと苦しみも生じない。

山があって谷があるのが自然の成り立ちなんで、それが当たり前なんだろうけど、そう考えると谷のドン底まで行けば登るしかないとなる。

しょせん、ものは考えようという事でしょうか。

大きく見える問題も小さく細切れにして処理すればそれほどのことでもない。

面白くもない問題をかたずけていくのも、単なるルーチンワーク化すればどうという事もない。

更にそれを超えて、問題処理をゲームみたいに楽しめるようになれば乗り越えるのも楽しくなると思う。

そう考えると、感情が働いて問題が大きく見えるのが原因なんだろうと思います。

では感情をコントロールするにはどうするべきか?

困難は生きてる証拠だと考えると、それもまたいいことなんじゃないかと思います。

無いものや失われたものに注目するのではなくて、与えられたものやまだあるもの、さらに自分が持っていて人に与えられるもの、それに注意を向ければ楽しい人生を送れそうです。

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無題


先日撮ったお月様。

あちらから見たら、こっちの悩みなんか微塵も見えないんだろうな。

環境は圧倒的にあちらがキツイはず。

なんせ人間が住めないんだから。

でも遠くから見たらきれいに見えるんですよね。

快適な生活を求めるあまり目先の事ばかりに心を奪われて、「あれがダメだ、これがダメだ」なんて言ってるのが愚かしい。

生存できているってだけで奇跡なのに。

でも人間の寿命だと、生きていられるのも100年足らず。

その貴重な期間を悩んだり苦しんだりするのはもったいないですね。

ああ、温泉に行きたい・・・
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人は何故何故か不安になるのか?

それは自分では動かせないのをどうにかしようとしているからだ

・・・と、いう事に最近気づきました。

誰かの気持ち、無くしたものやチャンス、持ってないもの、失われた過去、死んでしまった人、壊した物、政権政策、税金etc・・・

この中には、今すぐどうかなるものじゃなくても、時間をかけて努力すればどうにかなるものもありますが、それさえもすぐにどうにかしようとすると悩みが生じます。

どうにもならないものをどうにかしようとしても、自分の力の無さに打ちひしがれるだけです。

「やっちまったものはしょうがない」

「いずれ手に入るさ」

なんて思える人は突破口を開けるんだろうけど、凡人たる自分には難しい。

そこで考えたのが、問題に直面した時には趣味に打ち込む事。

自分の好きなこと=大抵はうまくできること

なんで、これに打ち込むなら気持ちを変えることができます。

気持ちが変わればスタンスが変わる。

スタンスが変われば見えるところも変わる。

見方が変われば解決策も見えてくる。

そういうことで、なんとなくうまく行けたりするのが自然の成り立ちなんだろうと思います。

動かせないものは動かさないで、動くところから動かすのがいいんだけど、それを見つけるのには気分転換が必要なんですね。

歳を取ると、正攻法ばかりじゃ行き詰るなんてことがわかるもんですね。

昔アニメの「一休さん」で、

「あわてない、あわてない、ひとやすみ、ひとやすみ」

って言ってたけど、あれ、深いですね。

それと、自分が望んでいることなんて実はたいしたことでもなかったりしますしね。

動かせないものが実は動かない方が良かったりします。




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僕はホースやらパイプやら配線やらが並んでいる光景がとても好きです。

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AKIRAの後遺症でしょうか?

なんか、こう、それぞれが受け持ちの働きをしてる姿が美しいと思うのですよね・・・





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関係ないけど、与島のパーキングエリアには無料の按摩機がありました。

こういうサービスはありがたいです。

機械が人間を幸せにするのがとても嬉しいです。




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「裏切り者名を受けて〜(^^♪」

デビルマンの歌を口ずさみながらふと気づいた。

ヒーローって、みんな孤独なんだ!

他から突出した存在は当然、浮く!

周囲からは理解されない。

起業家もそうみたいだし、狂人扱いされた偉人も少なくない。

で、あれば、苦悩することはヒーローの特権なのではないか?

と、いうか、そこを通らないとヒーローになれないということか・・・

なんだか励まされました。

ホリエモンも理解されてませんもんね。

彼がヒーローかどうかは分かりませんが、成功者ではあるし。
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僕が自分でもどうしようもなくいきなり切れるパターン。

質問される→答える→反論される→しつこく反論される→それに従わせようとする

このパターンでいきなり切れる。

だって、失礼でしょう?

相手「これ、どう思う?(どうしたらいい?あるいは、していいと思う?)」

僕「こうじゃないですかね?(こうすればどうでしょう?あるいは、しないほうがいいんじゃないかな?)」

相手「なんで?こうじゃない?(なんでそうなるん?あるいは、した方がいいんじゃない?)」

僕(なら聞くなよって思いながら)「これこれこうだからこうなんじゃないでしょうか?(こうだからこうなるんだと思いますよ。あるいは、こういう理由でそれは駄目でしょう)」

相手「いや、それはこうやろう(いや、そうしよう)」

僕(議論しても無駄だなって思いながら)「それもそうかもしれませんね」

相手「じゃあそれをしてください」

僕(怒)「そう思うんなら自分でせいや!」


ってなる。

だって、意見聞いといて反論するなんてあんまり失礼でしょう?

結論はすでに決まっていて、しかも僕に行動させて責任を負わせようとしてるのがありありと見える。

僕の意見を聞いておきながら、それが意に沿わなければ言いがかりのような問答を始めて、無理やり納得させようとする。

最初から、これをしたいんだけど自分はようしませんから代わりにしてもらえませんか?ってお願いするなら僕も渋々してあげるかもしれないけど、あたかも僕が判断したようにさせたいらしい。

このパターン、宗教に多いね。

信頼して人生が破綻しても、「それはあなたが信じたのでしょう?」って言う。

しつこく勧誘したのは誰だ?

同じパターンで人をコントロールしようとする人間がいるけど、人格を疑います。

というか、その前に僕は反射的に必ず切れる。

顔面パンチかココナッツクラッシュを御見舞したいけど、かろうじてこらえながら必ず切れる。

自分でもどうしようもありません。

性分というものですかね?

みなさんはなりませんか?


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若いときは、正義とか公正とかにこだわるもんですが、年取って色々経験すると、実は世の中は何でもありなんだなって感じたりします。

競争に負けて行き場をなくしたり、また別の道を進んだりと、それはそれでいいんだけど、若いときにはそれがわからない。

行き詰まりしか見えなくなると、絶望したりします。

待てばまた道が開けてきたりもするんですが・・・

子供の頃受ける教育では、善悪という概念を叩き込まれる。

その基準は、人に迷惑をかけてるとか、お巡りさんに捕まるとかいう理由が挙げられますが、これは周囲の感情や法律が元になってます。

これが、宗教では、神様とか教祖様が判断基準になる。

こういう社会基準がないと、誰もが自由に振る舞って秩序が保てなくなるので必要なんでしょうね。

考えてみれば、みんなが価値を認めなければ紙幣だって紙切れです。

誰も迷惑に思わなければ法律も有名無実になる。

共通意識を持たせるために権威を理由に、”こうしなければこうされるぞ”って教えるのが後に僕達の中に”こうあらねばならない”という正義になるんでしょうね。

そしてそれを人に当てはめようとする。

迷惑この上ないです(でも自分も無意識にやってる)。

自然界が生み出してくれた自分という観点からすると、基本的に正義と呼べるものは、”生存””繁殖”なんじゃないかと思うのですが、それに付随して”より快適な生活”→”共存”→”必要なルール”→”きまり”→”正義”と発展してきたのかな?

でも、これが複雑化しずぎて、「わけがわからないけどきまりだから守らなきゃ」ってなって、誰かを不幸にしてるのではないかと思います。

アドラー心理学が受けるのも、その辺の割り切りがはっきりと説明されてるからなんでしょうね。

で、近所のおばちゃんの噂話も、マスコミの報道も、いじめもそうだけど、人の事に構いすぎなのと、それを気にしすぎなのが、人を窮屈にしているのだということを、僕は経験から学んだのでした。




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これまでちょいちょいセミナーやら読書やらで、成功についての情報に触れてきたんですが、共通して言えることは、行動には結果が伴うって事のようでした。

特に、新しいことにチャレンジするときには、先に動く。

仕事を持ちかけられたら必ず”出来ます”って言う(営業セミナーでの経営コンサルタントの先生のお話)。

やり方は、そこから調べ始めるんだそうです(ただし必死で)。

思いついたらすぐ実行(かつて起業されて成功している先生のお話)。

これからの時代は特にでしょうね。

行動すると、いい事であれ悪いことであれ、結果が出てくる。

だから、成功者には失敗経験も豊富なんだということなんでしょう。

色々首を突っ込んでいるから顔も広いし心も広いしスキルも多い。

それがまた次の興味を引き出すんでしょうね。

不安になったらとにかく動くというのも楽しい人生をおくる秘訣でもあると思います。

「大事な仕事は忙しい人に頼め」

とも言いますしね。


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ナポレオン・ヒルをはじめとする成功哲学を勉強しても全員が成功するわけじゃないって事をいう人もいますが、それはそうであると思います。

実践するかしないかに関わらず、成功の基準は誰しも違いますし、周囲の環境やタイミングも素質も違う。

それを、みんなが同じ方法を取れば同じ結末に至ると考える方がおかしい。

でも、成功哲学は本人をやる気にさせるというのが目的なんだと思います。

やる気を出して、行動を起こさなければ、成功するものも成功しない。

「確実な幸運というものがあるとすれば、それは自ら生み出したものしかありえない」

って、本にも説明されています。

誰しも自然の法則には逆らえないので、パレートの法則から、2の成功を収めたければ、10の努力をしなければならない。

8割は、無駄ということになります。

でも、8割の経験はその人のスキルとなって、2割の成功を助けるんでないかとも思いますが・・・

そういうわけで、成功哲学は自分のやる気を奮い立たせ行動を起こして、目標に向けてアタックし続ける為に使うというのが正しい使い方なんだと思います。

そういう使い方ができないノウハウは自分には合わないって事でしょうね。

勉強しただけで成功するっていうのは売り文句でしょうしね。


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昔、必ず、

「でも〜だよ」

って言うやつがいた。

どんないいことがあっても、

いい方法を見つけても、

必ず欠点を見つけて切り返す。

何がそんなに気にいらないのか知らないけど、

必ず逆を言う。

BUT-MANですな。

多分癖だったんだと思うけど、

会話を続けているうちにイライラしてくる。

もっと素直に喜べよ!

そのうち絶縁したんだけど、彼はその後どうなったんだろう?

もっと素直にならなけりゃ、幸せは訪れないんではないかと今更思います。





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