先日車で走っていた時に、新しくできたそばやさんがあって、隣りにいた奥さんに言ったら

「この前通った時に言ったじゃない」

どうもその時は僕は反応しなかったらしい。

・・・という経過で気がついたんですが、人によって見る光景が違っているということ。

同じものを見てても人それぞれ見える景色が違っている。

可視領域の違う昆虫と人間も見える景色が違っている。

当然、聞こえ方も感じ方も違っている。

経営者にとっては数百万とか数千万円は事業資金としては当たり前だけど、サラリーマンにとっては大金であったりする。

一万円札は印刷する側からすれば紙切れだけど、発行されて使用される段階になると価値ある紙幣となる。

当たり前といえば当たり前だけど、これを前提に考えると、こっちの言う事を相手にわからせるというのは大変な事で、多分無理であるという事になります。

価値観以前に、見えているものが違うから。

今話題の量子論でいえば、測定しなければ確定しないというのが意識にもあるのではないだろうか。

いや、確かにある。

欲しければいずれ手に入るとかいうのは迷信じゃなくて、それに意識を集中するから現実化するということではないのか?

途中で手に入らないんじゃないかとか思い出すと、そこまで来ている現実化を自ら放棄してしまうのではないか?

そう考えると、人生は仮想現実的だというのも分かったような気もします。

それと、自分の欲しい物、気持ちよく感じるものは自分の潜在意識がなにかのメリットを感じているものだと思います。

仕組みはわからないけど、自分にできることは欲しい物には意識を集中して、それを手に入れたと感じて幸せを感じることじゃないかな。

あと、それを誰彼なく言わないこと。

感じ方の違う人が自分と違う事を言って、楽しみが薄くなるから。

3Dゴーグルを付けてニヤニヤしてる感じで人生を楽しみましょう。