サイキ整備Service

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カテゴリ: 感謝

年を取ったせいかどうか分からないんだけど、最近思うようになったことがある。

怒る人がいない。

自分がそうなったからそういうフィルターが働いてるのかもしれないけど、前は仕事先でもやたら苛立ってて意地悪な人が多かったように思う。

コロナを境に社会が変わったのかもしれないが、それを別にしても昭和の親父はかなり怒っていた。

年功序列で上から目線で居丈高と言ってもいいんじゃないかと思えるような人が多かった。

そういうオラオラ系の時代も終わり、やっと調和の時代に突入したのかもしてませんね。

ゆとり教育も影響しているのかな?

世間では物事の負の面ばかりを強調するけれど、自分の権威を守ろうとしてなんでも反対する昭和の親父達がいなくなると社会は回り始めるのではないだろうか?

足の引っ張り合いをしてても何れは自分の足元も崩れてきます。

スピリチュアル界隈では2020年から風の時代に入ったのだと言われているようですが、そういうことなのかもしれませんね。

僕も昭和世代ではあるけれども、これまでの言われていた土の時代ではかなり生きづらったので、やっと終わったかって感じがします。

ありがたい事ですね。
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ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」は何度も読んだ。

不屈の精神で挑んできた人たちがどん底から這い上がっていくストーリーにはとても励まされたので、何度も読み返した。

とてもためになったんだが、最近ちょっと違和感を持ってきた。

現実化するのは思考ではなくて前提ではないだろうか?

と思うようになってきたのだ。

人にはアイデンティティと言うか前提というのがあって、自分は職人であるとかセールスマンであるとか主婦であるとか、言われたら断れない性格であるとか怒り出したら止まらないんだとか浮気者であるとかなぜかすべてうまくいくんだとか、いわば自分が男の子であるとかオカマであるとかオナベであるとか女の子であるとかいう前提がある。

ちょっとブレたとしても、それが現実化するというか必ずそこに戻ろうとする力が働く。

ナポレオン・ヒルの別の著作に「悪魔を出し抜け! 」というのがあるけど、そこにはヒプノティックリズムという習慣を変えなければ人は変われないという事が綴られていた。

頭でどんなに変わろうとしても自分の中に前提があるからそこに戻る。

そこに戻る習慣があるから望みには至らない。

ヒル博士が対談した悪魔によると、その連鎖を破壊するのが多くの場合事故であったり病気であったり失業であったり不幸な出来事であったりするらしい。

成功者の多くが普通の人では直面しないような困難な状況にあった経験を持つのもこれが原因なんだろう。

脳は多くのエネルギーを消費するのでなるべく楽な道を選びたがる。

そのためには前提というものを作り出して、習慣化してルーチンワーク化してしまえば考えずにメチャ楽じゃないですか。

それを破壊するなんて考えただけでも、ああ恐ろしい。

そんな訳で、前提をぶっ壊さなければ人は変われないわけですね。

社会もプロパガンダで僕らの前提を固定しようとしています。

少子高齢化で社会保障日が増え続けてるから増税は当たり前(なんだろうか?)、学歴さえあればいい所に就職して大金持ちになれる(本当に?)。

貧困は受け継がれるなんて誰が言ったんだろうか?

前提が習慣を作り出すんだと思うんだけど、逆に環境や習慣を変えると前提も変わりやすい。

ここまで生きてこられただけで生きるという事に関しては成功するという前提なんだし、

「俺はこんながじゃ」

なんて言わずに、ごっそり変えて前提を変えてみよう!









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AIの回答は、優しくはあるけどどこか他人事でこちらの問いに合わせているだけではないかという感じがするのは、AIには体が無いからだとなにかの本で読んだ。

これを裏返すと、体を持っているからこそ体験できる事というのは本当は貴重ではないだろうか?

いや、それこそ生きていることさえ辛いという状況も体があってこその苦しみではあるのだけれども、そこまでどうしようもないものは別にして、例えば克服できる程度の試練、課題と言えるぐらいの体験というものは人の成長には必要なものだし、体がなければ乗り越えた時の喜びも経験できない。

とか考えていたら、この本を思いだした。

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「神との対話」

神様はご自分を知るために、体験する自分と観察する自分に分けて、自分は記憶を消して(体を包む感じで肉体に入った)自分は体験する側になったのだと書かれていた。

つまり、肉体がないと経験できない事をあえてしているのだと。

確かに万能でなんの痛みも無ければ、それが何であるのかということは理解できない。

これは人生の中で時々出てくる痛みや苦しみと、それを乗り越えた時のさわやかさや懐かしさという感じを振り返ると、なるほどと感じます。

体がなければそれも理解できない。

AIのどこかよそよそしい感じはそこから来ているのでしょう。

似たようなことは「地球大暴露」にも書かれてあった。
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まあ、そう考えると、肉体でいられる間の数十年間というものがとても貴重に感じられるのですね。

どう頑張っても100年弱しか生きられないわけだし、そこんとこを考えるととても大切な時間なんだと思い、色々チャレンジして経験したいと思います。

ありがたいことですね。










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今年はもうだめかと思っていたら、思わず近くの神社で紅葉が見られました。

寒いのは嫌だけど、とても嬉しい。

今年もいろんな事があったなぁ・・

来年はいい事がありそうです。

神様。

年始にはまた参ります。
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心が落ち着かないとき、見えない神様に注意を向けると心が落ち着く。

逆に、物質的、経済的なことばかりに気を取られていると、心がざわつきます。



今まで無事に生かしていただいてありがとうございます。

満足しています。

って気持ちになりますね。
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値付けについてはサラリーマン時代にはあんまり考えなかった。

安すぎると赤字になるし、高すぎるとリピーターは来ない。

しかしながら、その仕事に関わる人件費に設備費に部品代に燃料代等を入れて算出すると、結構な金額になる。

そう言ったことを思い出したのは、先日空振り仕事があったので。

休日の早朝に緊急で出動要請があり、一人じゃ無理そうなんで、現地でも応援を頼んで急行してほしいという依頼があった。

急ぎでなんとかと言うので、現地の知り合いの業者に頼み込んで当日の仕事もキャンセルしてもらって現場で落ち合った。

電話連絡をすると、現地で待機していてくださいというので、二人で動かない機械を前に軽く原因を調べながら待つこと数時間。

発注元のサービスが数人到着して僕らの出番はなかった。

これでいくら請求できるのか?

片道100キロの現場でまさかの空振り。

しかも無理を言って仕事をキャンセルさせた業者もいる。

そっちの損失も補填してあげなければいけない。

投げてみなければ結果は出ない。

もういいやって普通に請求はしたけど、「見てただけなのになんでこんなに!?」って言う気持ちも分かる。

そして、値切られはしたけど赤字にはならずに済んだので良かった。

けど、仕事には「家で寝てた方がまし」というのがあって、まさにそのパターンになるところでありました。

イレギュラーは誰にでもある事だ。

よくわからない仕事はできるだけ避けたいとは思いますが、まったく仕事がないというのも困るので、微妙なところなんですけどね。

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昔から自分の話を聞いてくれない人が多いと感じていた。

話の途中で腰を折られる。

話が結論までいかないのである。

これを長く相手のせいにしていたのであるが、最近やっと分かった。

自分の話の構成が悪いのだ。

要は、先に説明してから結論に持っていこうとする。

説明の途中で相手が結論はなに?

ってなって、先を急ごうとするのではないだろうか?

いい話というのは、先に結論が来て説明があって、最後まで聞いてああそうかと納得させるものである。

ドラマなんかでもそうだけど、何か事件なり不思議なことが起きてそれの謎解きをしていくという構成と同じ。

これが会議なんかで時間を持たせるやり方だと、授業で先生が教科書をだらだら読むのと同じく、

「だからなに?」

って言いたい話になる。

これに気付いたからには僕に人生はこれから飛躍的に変わりますよ!!
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年を取って暇になると人生の意味なんて考え始める。

突き詰めていくと、あんまり深い意味もなさそうな気もしてきた。

なんで生きているのか=気が付いたら生きていて、死ぬのが嫌だから。

仕事は何でするのか=生きていくのにお金がいるシステムだったから。

究極的には、生きているからそれを維持するために色んなことをするのですね。

昔の人はいずれ死ぬんだということも意識していて、どう死ぬかというのが武士道になったんではないだろうか?

経験から言えば、ゴールに到達するよりどこかに向かう経過が一番楽しい。

有終の美を飾るというというのを目標に生きる事に喜びさえ見出していたのかもしれませんね。

ともあれ、意味がないということを理解すれば、あまり怖いものもない。

それだけだと面白くもないので、試練というものも必要なのではないか?

痛い思い、不快な経験も乗り越えてしまえばそれが良かったなんてこともあるので、それを乗り越える経過を楽しむのが良い生き方というものだろうか。

まあ、生かして頂いていられるかぎりはただそれを感謝しているのが一番なんだけれども、時々スパイスがかかるわけだろう。

これも神様のご配慮に違いない。

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先日、愛媛県の八幡浜(やわたはまと読むらしい)のフェリー乗り場みなっとで食べたおいもんぶらん。

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モンブランだから甘いのかと思ったら、それほどは甘くなかった。

なぜならそれがお芋であるからだ。

ローソンで慣らされたあのモンブランを想像して食べると、ちょっと肩透かしを食らった感じになります。

でも、とても健康的。

お勧めでした。

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今年も無事目覚めることができました。

この歳になると知人や同級生も減り、自分はまだ生きていられるんだなと感謝ひとしおです。

今年は初日の出を見に行きました。

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やや寒くはありましたが、とてもすがすがしい気分で新年を迎えられました。

八幡様にも参りましたが、今年はおみくじ機が壊れていたので引けず。

でも間違いなく大吉です。

なぜって?

自分がそう決めているからです。

今年も自分基軸で参ります!

みなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。


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昔、若い頃、洋服の青山に行ったら店員さんがくっついてきて何が欲しいか聞きまわるので閉口したことがあります。

実はしゃれたネクタイを買いたかったのですが、ゆっくり見られないので、そのまま帰りましたが、あの圧は凄かった。

ノルマは分かる。

しかしそれでは誰も近寄れないのではないだろうか?

ハエだって打とうと思って近づくと逃げていく。

逆に、何も考えていないとぶんぶんうるさく寄ってくるわけです。

このオーラというか圧というものが、商売にも影響すると思われます。

狙うと逃げる、そして不意打ち的にやってくるのがビジネスチャンスというものでありましょうか。

そこで必要なのが中庸というものではないかと思います。

時流や機運に乗らなければ上昇はできない。

僕は怪我をして身動きも取れず、社会的にはコロナの時期には何をやってもただ焦るだけで無駄でした。

焦ると要らんことをするので、時間もお金も無駄に使います。

流れに逆らわず、無い時は無いと割り切って、ただ無心に準備をするのが肝要かと思います。

そう考えると、三年寝太郎の作戦もあながち間違ってはいないぞ!

そのまま一生寝太郎でもいいじゃないか。

暇な時にはお寺に行って心を落ち着けるのもいいですね。



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何事もプラスとマイナスがあって、どちらもなければ成立しないというのは本で読んだ話。

もっともだと思う。

物質と反物質がくっついて無になるのであれば、どちらかが存在するためには反対側のものも存在が必要だ。

ということで、調子が上がるときもあれば下がるときも必要なわけで、ずっと平坦であれば退屈で仕方がない。

いつも気持ちよくいきたければ、気持ちの悪い時期も知っていなければいけない。

経験則が生きるところですね。

それを踏まえて、以前経営セミナーで聞いた、経営が順調な時に次の準備をしなさいという話を思い出した。

波は必ず生じるので、次の波になるものを準備するという事である。

ひとつのカテゴリー、商品で勝負するのではなく絶えず別のジャンルで準備をするという事だと僕は思ったのであるが、多分これは間違ってはいない。

順調ではない仕事を無理にごり押しするとそのままぶっ壊れるので、そっとしておいた方がいい事も多々ある。

暇な時には読書をする、人に会う、趣味に講ずる(でないと退屈で発狂しそうになる)。

それがそのうち効果を表してくるので、それが準備になるんでいい事だと思う。

要は先走りせずに、今やれることをやるだけなんだけど、これがまた難しいんですよね。

まずは座禅を組むのもいいと思う。





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特に暇なとき、脳が空回りし始める。

厳密に言うと、左脳と言われる理屈脳が働き始める。

昔朝ドラできいたセリフだけど、人は暇だと思考し始めるのである。

〜だから失敗したとか〜したからこうなんだとか、こうしたらいいとかああしたらいいんじゃないかとか、空白の時間を埋めようとするかのように無駄な時間を作り始める。

これが始まると、ろくなことを考えなくなる。

待っとけばいいものを、いらんことして台無しにする。

投資に例えると、待っとけば値は戻るのに一番下がったところで損切りに走るとか、人間関係では、要らんこと言って怒らせた後すぐに修復しようとして火に油を注ぐ様なことをしてしまう。

人はほっとけば気持ちも落ち着くし、嫌なことも忘れるのよ。

いわゆるマシュマロテストで失敗する人は、性急に行動して最悪のタイミングで行動してしまう傾向があると思う。

問題が起きたらそれは一旦置いといて、他の事に集中することができなければ何事もうまくはいかない。

不安が起きたら逆にゆったりする方がいいと思う。

感情は行動に追従するので、読書や両行、温泉とかがいいですね。







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大変優れたオーダーメイドAIですが、今回は少しとげのある以下の文章を丁寧に、やんわりとリライトしてもらいましょう。


勤め人の時に辛かったこと。

1.工具や消耗品が自腹

「軍手はひとり一日ひとつや」という社長のポリシーで、自分の使う軍手と部下の使う軍手は自分で買っていた時期がある。

2.現場に行くのに燃料代は建て替え

これも、行く前に燃料代をお願いすると、「なんでそんなにいるんや、動き方を考えてもらわなにゃ」という社長のブロックで、必要だったものだけレシートを持っていくと払うというシステムになった。
このため、小遣いのない時にはお客さんに分けてもらわないと現場から帰社できないという事態に陥ったこともある。

3.半年ごとに呼び出されて、社長が俺の息子は凄いというマウンティングと共に売り上げが足りないと言ってくるが、よく見ると支出はこちらの部署の分は殆どないのが分かった事。

4.時折給与明細が見えるように置かれていて息子さんの給料が自分の1.5倍あるのが見えた事。

5.社長や息子さんが仕事中にやってきて、なにをなぜ修理していてどうやっているのか説明を求められるのに答えて、それに対してこうしたらいいって言われて関係ない所をばらした挙句に、僕は用事があるからって帰った後に本来の修理を始めなければならない事。

6.修理に(特に部下がした)失敗した時に怒られたり嫌味を言われること

イレギュラーは必ずあるし、部品を取り替えてみないと分からないケースがあるので、言っても仕方がないのに怒るから、難解な仕事には最初から手を出さない方がましだと思う事がしばしばあった。

まあ、地獄でしたね。

個人事業だと仕方のない事だけど、最後に無理して死んだら元も子もないので、似たような環境の人は早めに逃げ出した方がいいと思います。


これがどう変わるのか?

AIによる補正は、こうなりました。


勤め人の時に辛かったこと。

1.工具や消耗品を自腹で買わなければならなかったこと。

社長の方針で、「軍手は一日一つずつ」ということで、自分と部下が使う軍手は自分で買う必要がありました。

2.現場に行くための燃料代は自己負担でした。

出発前に燃料代を頼むと、「なんでそんなにいるんや、動き方を考えてもらわないといけない」と社長にブロックされることがあり、必要なものだけレシートを持っていくと支払ってもらえるシステムになりました。そのため、小遣いがない時にはお客さんに協力してもらわないと現場から帰社できない事態になったこともありました。

3.半年ごとに呼び出されて、売り上げが足りないと言われ、社長が自分の息子は凄いとマウンティングする一方で、支出はこちらの部署の分はほとんどないことがわかりました。

4.時折給与明細が見えるように置かれていて、自分の給料よりも息子さんの給料が1.5倍あることがわかったこと。

5.社長や息子さんが仕事中にやってきて、修理中の進行状況や方法を説明するよう求められるが、それに対して「こうしたらいい」と言われ、関係のないことを話した後に、僕は用事があるからと帰ることになり、本来の修理を始めなければならなかったこと。

6.修理に(特に部下がした)失敗した時に怒られたり嫌味を言われること。

イレギュラーな事態は必ず起こりますし、部品を交換しないとわからない場合もありますので、言っても仕方がないのに怒られることがあり、難解な仕事には最初から手を出さない方が良いと思うことがしばしばありました。

まあ、地獄でしたね。

個人事業であれば仕方のないことですが、最後に無理をして命を落としてしまっては元も子もありませんので、同じような環境の方は早めに逃げ出すべきだと思います。


僕の文章が完璧なせいかどうかは分かりませんが、あんまり変わりませんね。

偉い偉い♪

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親の高齢化と共に、必要になった位置追跡アプリを探していて、どこいるのを入れておりましたが、これが突然機能しなくなり、他のアプリを探しておりました。

色々試してみましたが、結論、whooがいい。

タイトルなし


ゴーストモードにも対応していて、とても便利です。

災害時や子供さんの見守りにも役立ちそう。

久々のおすすめアプリでした♪


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2004年の朝も無事に目が覚めてとにかく胸をなでおろしたところですが、いきなりの日本海側の地震で今年はより変化の年になるんだろうなと実感した次第であります。

元より、自然界は時々刻々と変化しているわけで、何事もなくても経年劣化でいつかは死ぬという事実から目を向けようとしても、それは無理だわという事は毎朝鏡を見て理解しております。

高知県もいつ南海トラフ地震が起きるか分からないわけで、できれば平穏に天寿を全うしたいと思うのが精一杯の願いではあります。

一休さんの「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」という句を思い出し、人生は永遠に続くと思っていた青年の頃の青さが心に染みてきます。

魂を成長させるためにエイブラハムの所からやってきたという生まれ変わりがあるかどうかは分からないけれど、限りある今回の人生、今この時点で満足できればそれでよし、それ以上でもそれ以下でもないよねといきたいところです。

という事で、今現在生きていられるんだからありがたくもおめでたい事だという事で、僕的にはとてもおめでたいお正月であると思っています。

おめでとうございます!

今年も一年、よろしくお願いいたします!






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今年も残すところ数時間。

色々あったけど、いい一年でした。

かなり本も読めたし。

来年は年男。

還暦を迎えます。

辰年生まれなんで、なんだか昇れるような気がしながらこの年を迎えました。

特に出世も望もしなかったけれど、そこそこには成功したかった。

まあ、思い通りには来たんじゃないだろうか?

日本の国が増税と社会保障費で、これほど国民を苦しめる事になるとは思わなかったけれど、まあ、それも訓練と思えば耐えられないこともないか・・(?)

というより、生きてるんだから死ぬわけにもいきませんしね。

お金の件で望みを高く持たなければどうという事もない。

それよりも安定と幸せを求めて生きたい。

来年は色々変化を迎える予感がするので、楽しみでならないのですよ。

そう思えばそうなると思えるようになったのが今年の成長です。

ともあれ、みなさま、今年もお世話になりました♪


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今年は宗教2世問題が遂にというか、やっと噴出した年でありました。

思想がテーマであるだけに、組織的に隠ぺいしようと思えば隠ぺいし放題の壁の向こう側。

組織のトップがかん口令を敷けばそれはそのまま速やかに全体に浸透します。

実を言えば、僕の家は宗教をやっていたので宗教3世といえばそうである。

がっちりガチガチにやられていたわけではないけれども、子供のころから先祖と神様の話を聞かされ、夏休みには合宿みたいなのにも参加したこともあります。

なんとなくそういうもんだと思っていたけれども、学校ではなんというか、周囲の方々とは何かがちょっと違っていた感がありました。

ひとことで言うと、混乱という感じ。

基準がいくつもある。

先祖と神様とどちらに頼るのか?

したらいかんとか、こうじゃないといかんという戒律は嫌というほど聞かされているのだけれども、どうやら友達にはそういう基準は無いらしいとか、頭がよければ勉強しなくても成績が良くなるとか(なんで?)、祈ったか祈らんかで結果が決まるとかなんとかかんとか・・・

子供は素直に受け取るので、成長するにつれて矛盾が出てきて、婆ちゃんと口げんかになる。

そうすると、反抗したと言って非難される。

僕が受けた宗教は、今問題になっている組織とは違う組織であったので、あそこまでは酷くなかったけれど、それでもそのまま大人になると社会に適応できなくなるのは理解できます。

案の定僕の場合も就職には失敗しましたが。

そうはならない2世もいるのだろうけれど、組織でいい子になろうとすればするほど、それとは遠い精神に陥っていきます。

でも一番の弊害は、周囲の目を気にしすぎるようになる事だろうと思います。

人がいなくても、神様とご先祖が見ているぞなんて言われると、うかつなことはできません。

失敗したと思ったら、先生に懺悔し許しを請うという非常に正直な人間になり、テイカーと呼ばれる人たちの餌食となります。

規律は必要だとしても、人それぞれ自由に生きる方向も志向も違うのに無理やり型にはめようとするなら、いびつな形にしかなりませんよね。

それが噴出してきたのがあの問題ではないかと思うのです。

これを機に、行き過ぎたところは是正されることを希望します。












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話し方には、イラっと来る言い方というのがありまして、これが癖になっていると人間関係がうまくいかない。

いわゆる言葉にトゲがあるってヤツですね。

まずは、イヤミな言い方。

相手に責任があるようなイメージを与えます。

人のせいにして自分の責任を回避する習慣のある人に多いように思います。

ほんとにイヤミを言ってるんなら意図した通りなんですけど、そうでない場合は人間関係的に結構きつい。

日ごろ気にしてる所をチクチク言われると、とても嫌いになります。

相手の落ち度を即座に責める揚げ足とりの言い方が天才的にうまい方もいらっしゃいます。

あと、くどい話し方。

同じことを、言い方を変えて延々と話し続ける。

自分を納得させるために自己対話してるんだと思うんですけど、話を聞かされる相手は延々と終わらない話にイライラします。

ひとりでやってくれってなります。

更に、なんでも否定する癖のある方。

あらゆる可能性を模索する向上心は凄いと思うんですけど、

「どう思う?」

って聞くから

「こうじゃないの?」

って言うと、

「こっちは?」

とか、

「そうじゃないけどね」

とか、

「それは嫌だ」

とか、とにかく否定する。

聞いてこなければこちらはどうでもいいんだから答えもしないのに、これでは言いがかりです。

しまいには喧嘩売ってんのか?

ってなります。

これって、ベースは自分の事しか考えてないんじゃないか?

なんて思うんですが、如何なものでしょう。

黙って読書していたい僕にとっては、時間泥棒でしかないんですよね。

こういう試練を克服するのもゲームみたいで楽しいかもしれませんけどね。

いや、僕が無意識に引き寄せてるのかもしれないので、そこを克服するのが今後の課題なのかもしれません。







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最近、どうも世の中が変わったように見えてきた。

ベートーベンの絵がいつのまにやら羽ペンが鉛筆に変わっているとか、スフィンクスの前足が長くなってるとか、左にあったはずの心臓が今では真ん中になっていたとか、はせくらみゆきさんのパラレルジャンプの話を聞いたせいだろうか?

昔から人から影響を受けやすかったのだが、遂にここまで来たかという感じがする。

まあ、ここのところ体調も悪かったのであるが、それさえも、

「だって、ジャンプする前にはしゃがむじゃん」

的に、いい事の兆しに思えるのである。

年末を迎えて仕事も減ってきたんであるが、そういう中でも部品問い合わせなんかでいくらか行う事もあり、それがまた塩対応だったりすると、以前は

「テメー、舐めてんな!」

なんて思っていたのであるが、最近では、

「この人も社畜で大変なんだろうな。受注しても俺の給料変わらんし」

みたいなことを思って、暇だといいなーなんてのらりくらりやっているところに、得体も知れない変な奴から見積もりの電話なんかがあって、

「はよ断れや」

みたいな感じで適当な応対してるんじゃないだろうなー

とか、いや、早く帰りたいだけかなーー

なんて、思いやり深い心でおおらかに思えるようになったのも変わったところですかね。

そんなことも考えなくなるのが目標ですが。

ただ、”ある”を認めて無心に生きられれば、もっとすごい世界にパラレルジャンプできるかもしれないなって思っております。










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