人を怒らせて自分の目的を達成する人というのがいて、そういう人は当然誰を怒らせても平気らしい。

その手段には怒らせるだけが手ではなくて、喜怒哀楽どれでも良いようである。

元来人間とは、喜ばせてくれたり安心させたりしてくれればお返しもしたくなるのであるが、怒って言うことを聞くのはなぜだろう?

どの感情にせよ、崩れたバランスを取り戻そうとするからかもしれない。

あるいは、量子論的に言えばそこに意識が向けられるので顕在化するのか?

いずれにせよ、人はその状態を解消しようとするので行動に移す。

そのアクションが良いことであればいいんだけど、相手の思いのままだとなんか嫌だ。

実は僕はこれまで宗教やら仕事やら友人関係やらでけっこういいように操られてきた。

宗教では自己憐憫や罪悪感から自己犠牲的な生活を強いられ、仕事では自己卑下から過酷なミッションをこなし、友人(?)関係でも承認欲求でタダで修理もしてきた。

で、結論。

感情でコントロールされるのだから、眼の前の人物や物事に注意を向けないことである。

反応しない=自然体で生きる

これが自分を保つ秘訣である。

黙々と自分の課題をこなしていく。

今や時代は人に聞かなくても自分で調べられるのだから、自分で調べて行動し、人と接触するときにも感情を波立たせることをしない。

喜怒哀楽を外に出すのではなくて、自己完結するということですね。

ひいてはこれが人生を楽しめる秘訣なんだろうと思っています。