「悪魔とのおしゃべり」
を読みました。
この前に、ナポレオン・ヒルの「悪魔を出し抜け」(現在絶版で中古がバカ高いがオーディオブックに出てたので聞けます)も読みました。
解説は↓
悪魔は何故必要なのか?
それは、悪がなければ善もないから。
紙に裏がなければ表も存在しなくなるのと同じで、悪という対象物がなければ善も意味をなさない。
正義の味方も、倒すべき悪人がいなければもはや正義の味方ではなくなるのと同じという理屈。
同じく、人生の課題や苦労がなければ順調に進んだ時のありがたみや幸福は感じられないのと同じですね。
この手の本は結構読みましたが、「神との対話」でも同じ事が説明されていました。
辛いときにはこれを思い出せば、その後にやってくる幸せというものを感じられるのではないかと思います。
ただ試練の時に文句を言ったり無理にそれを乗り越えようとすると自分の力でぶち壊しにしたりするので、できればそれが自然に過ぎ去るまで待つのが良いかと思います。
自分の力でぶん殴られるような状態は、「「トランサーフィン」」の言う振り子に振り回される状態だと思う。
ということで、悪や試練に直面しても冷静に待つ、待ってる間に無理せず自然にできることがあればコツコツそれを行う事がベストであると思います。
悪も必要があって存在しているんだという事を認めると結構楽になりました。
を読みました。
この前に、ナポレオン・ヒルの「悪魔を出し抜け」(現在絶版で中古がバカ高いがオーディオブックに出てたので聞けます)も読みました。
解説は↓
悪魔は何故必要なのか?
それは、悪がなければ善もないから。
紙に裏がなければ表も存在しなくなるのと同じで、悪という対象物がなければ善も意味をなさない。
正義の味方も、倒すべき悪人がいなければもはや正義の味方ではなくなるのと同じという理屈。
同じく、人生の課題や苦労がなければ順調に進んだ時のありがたみや幸福は感じられないのと同じですね。
この手の本は結構読みましたが、「神との対話」でも同じ事が説明されていました。
辛いときにはこれを思い出せば、その後にやってくる幸せというものを感じられるのではないかと思います。
ただ試練の時に文句を言ったり無理にそれを乗り越えようとすると自分の力でぶち壊しにしたりするので、できればそれが自然に過ぎ去るまで待つのが良いかと思います。
自分の力でぶん殴られるような状態は、「「トランサーフィン」」の言う振り子に振り回される状態だと思う。
ということで、悪や試練に直面しても冷静に待つ、待ってる間に無理せず自然にできることがあればコツコツそれを行う事がベストであると思います。
悪も必要があって存在しているんだという事を認めると結構楽になりました。